綿山の星を祭り、明かりを点す行事「祭星燃灯」は、古代の占星学と日月星辰に対する原始的な自然崇拝に由来しています。道教の理論では宇宙の星、星辰、天体などはいずれも南北を軸線にしている、と考えられています。これが星辰を崇拝し、信仰する理論的基礎となっているのです。 祭星燃灯は、根本の道徳、大道を信仰する文化的な要素に富んでいます。道教への信仰、天と人の感応、天と人の合体の理論によりますと、星辰はいずれも神であり、それぞれに宇宙空間の万物の運行と変化、人間世界の一切の吉と凶、災いと幸せを司る、と考えられているのです。伝統的な自然崇拝と神と仙人への信仰を源泉に、千百年来の日月星辰の民間崇拝と融け合った行事が、祭星燃灯です。 山門の龍頭寺を入って、後ろの山にある雲峰寺に至るまで、8カ所に大きな明かりの図があります。 1.龍頭寺は玄天灯を拝しています。災いを無くし、難を免れ、太平に至る、との思いが込められています。 明代の建文年間、燕王朱棣は兵を挙げて皇帝となり、真武大帝による神の助けだと考え、全国各地に真武廟を建てて、玄天大帝を敬うよう勅書を下しました。永楽帝は皇祖が綿山の朱家凹で道を修め、天に祈り、朱氏が天下に知られるようになったのを思い起こし、皇二子に龍頭寺で玄天灯図を拝し、国運を祈願するよう勅書を下しました。その後、天下は太平、五穀豊穣となり、「永楽の治」と言われるようになったということです。
|