「寒食節」と言っても、中国伝統の祭日や文化の知識の少ない人はよく知らないかもしれない。だが、「清明節」については外国人でも知っている。中国人が祖先を祭る日だ。実際、古代にはこの2つの祭日は一体となっていた。しかし、今日に伝わるまでに、人びとは清明節というこの日に墓参りをして祖先を祭り、青山を登ることは覚えていても、寒食文化というその内容、さらには寒食節というこの名称自体を知る人は極めて少なくなっていった。寒食清明の祭日の形成は、晋文公が「功を上げても禄を求めない」賢臣であった介子推を記念するために設けられた祭日であり、わが国で最も影響のある古い伝統的祭日の1つである。 寒食節はその珍しい冷食の習俗で古今内外の学者たちの幅広い関心を呼んだ。人びとが火を禁じて寒食する生活方法を選んだのは何故か。寒食は一種の旧俗であり、時期が冬至後105日目であったことから、寒食節は「百五節」とも呼ばれる。この風俗は春秋時代の晋文公の忠臣、介子推を記念するためのもので、すでに1600年以上の歴史がある。後漢時代、寒食の習俗は介休や綿山に近い太原で盛んに流行し、寒食文化および介子推の故事は民間に深く入って代々伝えられてきた。
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